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福岡市中央区薬院、鍼灸専門・高木治療院のホームページです。

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ホワイティ薬院302号

はじめて起こしたぎっくり腰


急に腰が痛くなるものをざっくりと「ぎっくり腰」と呼びます


 時として、患者さんの問診をするに当たって、患者さんの訴えを鵜呑みにして治療が上手く進まなかったり、最悪の場合には失敗してしまい、信頼関係を損ねてしまったりというケースになりかねない恐怖というのは、臨床家には常に付きまとう物であり、それを全く意識しないのも問題だが、意識しすぎるのも問題である、と最近考える次第であります。

 ただ一言の「痛い」という本当の意味をいかに理解出来て、患者さんと痛みを共に分かち合う事の出来る真の臨床家となるべく、問診を進めるべきと思っていますが、簡単では無いです。

 患者さんは50代の主婦、身長160cmぐらい、体重は60キロぐらいか。元々、先天性股関節脱臼の既往を持つ方で、膝を痛めて治療中の患者さんが、ぎっくり腰を起してしまい、治療開始となりました。ソファーに座っていて、立ちあがった瞬間に腰に違和感を覚え、だんだん違和感が痛みに変わってきて、3時間後には痛くて立っていても座っていてもいられず、横になっていた。その翌日に来院したが、普段の来院時は一人で電車で来るが、それができず、ご主人に車で送ってきてもらった。
 座った姿勢から、立ちあがるのが、手すり等のつかまる所がないと立てない。立っても一人では歩けない。腰を曲げたまま手を引かれて治療室に入って来る。

 この時点で注目して欲しいのは、この受傷起点。ソファーから立ちあがっただけでぎっくり腰になったという点。これは一体何を意味するのか、これが本当に真実なのか?

 ぎっくり腰というのには、実はいくつかのパターンが存在し、痛める部位、痛め方の違いから、その動作制限、痛む時間帯、憎悪因子にそれぞれ特徴的な表現がなされる物だと思います。この場合のように、些細な負担でぎっくり腰になるのは、必ずといっていい程、下地が出来ている場合、それがどんなきっかけでも起こり得る場合ですね。腰の筋肉が極度の疲労で伸縮性、柔軟性に乏しい状態が極限に達しており、少しの負担が筋の断絶を容易に引き起こす状態で、例えるとするならば、冷凍した食肉の如き状態なのです。
 ただ、これが単に筋繊維に起こる場合のみではなく、腰の関節、特に仙腸関節(骨盤にある関節)に負担が集中してガクっといく場合も多くあって、神経痛を伴えば、「ヘルニアによる坐骨神経痛」と誤診される典型例と、鍼灸師高木は考えています。

 痛くて座ったまま問診を進めていき、次は痛む場所を特定する為に、聞いてみると「腰のこのへんが全体に痛いんです。」と、患部を指差す。「真ん中あたりから横にかけてビーっと帯状に両方にひろがる感じで。」だそうです。 座った状態で腰を触診させてもらい、圧痛点(指で押してみて痛みの出る所)を探す事にします。

 でも・・ぎっくり腰の場合、多くは右か左のどちらかに痛みが出るもので、よく「真ん中が痛い」とか「全体に痛い」なんて言いながら、側屈動作で著明な動作の差が出たり、圧痛が患側に著明に存在している物です。「ああ、痛いのはこっちだったんだ。」なんて患者さんが始めて気づいたりする場合がほとんどです。真ん中が本当に痛い場合は、椎間(背骨)周囲の問題ですね、滅多にありませんが。

 まんべんなく腰を調べても、著明な圧痛は見つかりません。確かに座った状態で触診しても、筋が張っていて、深層に痛みがあっても見つけ出すのは困難ですが、この後に仰向けになってもらって腰に手を入れて触診を試みた時も、著明な圧痛点を発見するに至らなかったのです。

 痛みで前かがみで手を持たれてしか歩けず、どこが痛いのかわからない。とにかく痛みを緩和して、ベッドに仰向けになれる様にして、本格的に治療を始めなければ・・・・。

 まず、遠隔部からのアプローチが先ですね。得意な特効穴でもって症状を緩和させればいいのですが、この結果から病の居場所を上手く焙り出す事が出来るのです。大まかにですけど。
ただ、この後に”まやかし”が待っています。

 患者さんの訴え、痛み、動作制限、腰の状態、触診、治療後の効果予後・・・・それぞれが錯綜してくると混乱してしまい、雲をつかむが如く無意味な鍼で患者さんを苦しめてしまう結果が待っています。痛みがどの場所にあるのか分からずに治療しようなんて、困った場合に私がいつも助けられている治療法があります。それが子午治療という物で、痛みの場所とツボが対応していて、痛みの楽になるツボから、痛みの原因を判別するという方法が使えます。

 腰に関係ある経絡として、膀胱経、胆経、腎経とが主に考えられます。筋で肝、肌肉で脾なんて考えても、まあ考えられますが、上記4経の反応を確かめてみましたら、有効なのは左列缺というツボと、左通里というツボ、これは取穴(ツボを術者が触れた状態)したまま、立ち座り動作をしてもらい、改善の見られるのを確認しました。どっちがより有効かはよく分かりませんでした、また何回も動作を繰り返すのは患者さんにとって拷問のようなものだったので、「ホントに何回もスンマセン」なんて言いながら有効穴を探っていましたので、追求は出来ませんでした。

 とりあえず2つの穴に金鍼30番(金の鍼で30番という太さのもの)を接触鍼(針先が皮膚に触れるだけで刺さない)にて処置する事により、少々の動作改善を得る事が出来ました。この結果より、痛みの根本は、膀胱経と胆経流注の右側である可能性が高めであると推測しました。

 子午治療により、2割程の痛みの一時的軽減が得られましたので、仰臥位になってもらうことが可能になりました、座った状態から仰臥位になるまでの動きがまた大変。起きあがるのはもっと大変なので、一度寝かせたら治療後は絶対に最初よりも楽にしてやらないと患者さんが可哀想すぎるので、ぎっくり腰の患者さんを寝かすという行為は、治療者にとってはまさに背水の陣、結果は良いか悪いかの二つに一つ、良い方にいった時は非常に嬉しいし、自信も付きます。悪い方は、怖くて考えたくないですね。どんな誤魔化しも通用しません。

 仰向けになれた(膝は曲げたままで、伸ばすと腰が痛い)ので、腰に手を入れて触診してみますが、全体によく張っていて、示指と中指で圧してみると、「ああ、すごく気持ちいい。」といった感じ。
別にヘンな所触っている訳じゃないですよ、一応。腰部、背部と凝っている所をマッサージされているような感じそのままです。胆経、膀胱経、その他全体が凝っているといった状態で、圧痛は無くもないのですが、今回の腰痛とは関係のない痛みのようです。
 動作した時に痛いのは、下位腰椎のレベルで帯状に奥が全体的にというが、圧痛は、上後腸骨陵の内側あたりから、その下5cm位までの範囲にあったりなかったり、さらに右と左で圧痛の出る場所がそれぞれ違う。左右差ですが、やや右の方が堅いかな?ってな感じ、先入観からそう思えてしまったかもしれません。

 ぎっくり腰の患者さんの腰を強めに触診してたら、「ああ、気持ちいい。」とのこと。普通、この手の患者さんの腰は、かちかちに張っていて、著明な圧痛点があって、そこにジャストミートすると、「いたたたたっ!」と苦悶の表情を浮かべ、身体を仰け反らせるもので、この患者さんは単なるぎっくり腰では無い事を意味しています。

 確かに腰部は全体によく張っているんです。この状態、実はなるべくしてなった状態であり、触られて気持ちいいのも必然的な事であって、重要なポイントでした。

 仰向けで、膝を曲げたままの状態なので、子午治療がもう少し効かせられればと、この状態から動作させて、痛みの出る動きで、治療前後で評価してみようと膝をそろえて、左右に倒し、丁度廻旋動作をするようにしてみますと、左に倒した時に、大体45度ぐらいの所で、「ああ、ここでちょっと腰が突っ張るわ。」とのこと。
 左の通里(手のツボ)を左母指で押さえながら、もう一度左に倒してみると、「ああ、さっきよりもまがります!」と、その通り70−80度ぐらい倒れました。 金鍼30番にて接触鍼を行い、そこに透熱灸10壮(お灸をすえる)を加える。通里が著効したと思えますが、これも”まやかし”だったのです、後から分かりましたが、通里に対応する部位が根本の原因では無かったのです。そして、通里のツボで、腰が曲がりやすくなった理由も後にわかりました。

 本治法の後、仰向けでの腰の動作は改善を見たものの、前に抱え込むのは途中で痛くて出来ず、腰を浮かす動作は全く出来ず。通里のツボに印を付けて、自分でも灸をしてもらうよう指示、一人で何とか歩けるようになって、一回目の治療を終了。

 少しの改善が成されていましたが、根本の原因を診つけられずに終わってしまい、だから少しの改善だったのでしょう。まだ腰には鍼も灸もしてません。経絡治療やってるんだから、別に痛みの細かい部位なんて、どうだっていいじゃないか。とか、解剖学的に痛む場所が判っても脉診で治療するんだから意味ないんじゃないの。なんて感想を覚える同業者がいるかもしれませんが、決してどうだって良くないと思います。
 患者さんの苦痛をいかに多く知り、理解し、共有して、患者さんとの共同作業で治癒に歩んでいく。
「臨床家として、患者さんとの気の交流が大切。」と、ある先生にだいぶ前に教わった事があって、当時はこの意味が判ったようで判らなかったけど、最近は意味が判ってきたような感じがします。

 例えば、漫才師がハリセンで顔面をバシーンと叩かれた光景を見つつ、大きな殴打音を耳にしますと、「うわっ、痛そー!」って思いますよね、これって叩かれた漫才師と痛みを意識の中で共有しているから、思わず見ている側も顔をしかめてしまうんですね。

 だからこそ、患者さんの痛みを具体的に知って、思いを共有して、共に苦しんで、共に頑張って、そして治癒した曉には、共に喜べるんです。痛みの共有が実現すれば、どこをどうしたいのか、患者さんの気持ちと、医学的知識のある治療家の知識、技術がダイレクトに繋がって、その患者さんのみに施されるべき治療メニューで、最善の治療が成されるという事になるのです。
 気の交流が成された瞬間、もう治療家の全ての行動、発言は自然とその治療家の持つ最高の知識、技術が発揮出来る状況に変わると、そう考えています。

 例えば、「ああっ!背中が痒い!」と思った時、すぐそばに気の交流が成されている人がいたら、何も言わずに痒い場所ぴったりの所を掻いてくれた、なんて事があったらそれってすごい事だと思うんですが、そのような感覚なんです。

 話が完全に脱線した所で、長い話も後半にしたいと思います。

 治療2回目、翌日に治療しました。
座った姿勢でいる所から、立ちあがる瞬間が一番苦痛のようで、両手を持ってあげて、腰と腹とをぐっと収縮させて、気合で立ちあがるみたいな感じでした。
両手を引かれて、腰を曲げて、家の中を移動していますが、この時の患者さんの心の内を考えると、非常に心が痛みます。ものすごく惨めだったと思います。

 この様子からすると、治療効果がイマイチといった感じです。「昨日は治療の後、歩くのは少し楽になったんやけど、今朝からからはもう、腰の曲がった状態でしたわ。トイレ以外はずっと横になってました。」との事。
 では昨日から全然変化が無いかと言ったら、それは違い、通里を触ってから立ちあがるスピードは改善していましたし、仰臥位での腰の廻旋動作は角度も改善していました。「寝返りも少しは出来るようになりました。」その通り、仰向けになるスピードも改善していましたので、前回の治療は有効であったのです。
 昨日とほぼ同様の治療を終えて、立ちあがってもらいましたが、腰が真っ直ぐ伸びました。歩いてもらいましたが、ゆっくりではありましたが、この歩き方に特徴があったのです。体重は左下肢にかかっていて、右下肢を前に放り出すような歩き方なのですが、片麻痺の人の、いわゆる「ぶん回し歩行」とは少し違う感じで、腰が痛いから、おそるおそる歩いている、ただそれだけでは無く、この歩き方をよく観察すると、右足に体重がかかっている時に、ガクっと身体が沈むような感じになるのです。
「ああっ、腰伸ばして歩けた!」と喜びの声を上げる患者さん、しかし、治療家の求める歩き方とは違う。
腰、肩、腹の筋肉を収縮させて、ロボットのような歩き方・・・力を緩めれば腰痛でくずれ落ちてしまいそうな歩き方・・・。ここで通里を触った状態で歩いてもらうと、少しスムーズな歩き方に変わる。
通里に灸をして、治療を終わる。

3回目の治療
緩やかな改善を確認出来るが、治療家サイドからすると、不満足な結果。

疾患の原因に直接当たるような治療が施されれば、それは予後はいいでしょう。では、根本の原因から完全にはずれた治療の場合の予後は悪いのか・・・。答えはノーですね。はずれたって患者さんの自然治癒力は常に働いていますし、生活環境のちょっとした変化のみで好転する事だってしばしばありますが、好転しない場合が多い。
「日にち薬」なんて言葉がある位ですから、ほっときゃ治るってヤツです。鍼灸院に来院する患者さんの何割かが、別に治療しなくても治るような疾患だと思うのですが、治療技術の高い治療院程、その確率は下がると考えられます。紹介や口コミで来る患者さんは、放っておいて治らなかったから来るのですから。

 今回の患者さんの場合は、根本の原因に一致しなければ、改善の方向にはまず向かわないだろうという感じでした。前回までの治療では、根本に触れておらず、僅かながら改善しているように思えますが、これが”まやかし”なんです。

 腰痛のキツイやつって言うのは、患者さんが「全体が痛い」とは言えども、一瞬に腰全体の軟部組織が均一に損傷されるなど、非日常を生きていない限り有り得ない事ですから、やっぱり局所に根本が存在するんですね。痛い個所がどこかに発生すると、自然治癒力の働きでその部分をなるべく動かさないように、痛んだ場所の周囲の組織がガードするかのように、常に筋肉を収縮させます。その周囲の筋肉は、普段よりもかなりの負担が掛かる為、根本の原因が改善される前にその周囲も損傷してしまい、痛みに加勢してしまいます。

 今までの治療は、この周囲の損傷に当たっていたようで、緩やかな改善のみで治癒に結びつかない結果になったのです。

 奇経、督脉の主穴である、後谿穴(左)を取穴して動作すると、他の穴とは違う改善が見れました。督脉上に原因があると考えると、著明な圧痛が・・と思えば、棘間筋か棘上靭帯(という組織)以外は触れない。どうりで圧痛が無い訳だと気づいたのが今ごろかと情けなかったのですが、まあ勉強になったとして・・。原因はもう一つ、この患者さんは先天性股関節脱臼の既往があり、膝が少し悪い。片方の痛みをかばうような歩き方が習慣化しており、仙腸関節に掛かる負担大で、上後腸骨棘の内側の左右アンバランスな違和感、圧痛がそれを意味していました。右下肢が立脚すると、身体が沈む。これは骨盤の異常を意味していました。

 そんな訳で治療方針を一新、やっと根本原因にたどり着く事が出来ました。翌日は、階段を手すり無しで上がったり降りたり出来たそうです。うつむけになって、この日始めて腰に鍼をしましたが、前述の仙腸関節の状態を改善させる鍼をする為です。治療は順調に進み、患者さんは家でちょっと掃除を始めたり、料理したりと、改善してきました。日常生活動作で、痛みが出るのはやはり前かがみでの作業。
 顔洗ったり、歯を磨いたり、食器洗いなど、日常では当たり前の動作が出来ないこの苦しみは、当事者にしか判らない物です。腰をどう動かしたら痛いかは自分が一番よく知っているはずなのに、つい痛い動作をしてしまい、「あいたっ!」という事がしばしば起こる訳で、治癒するまでの間に相当のストレスを貯めていってしまいます。だからこそ、治癒に導く事が早く出来れば、驚く程喜んでもらえるんですね。「先生に救って頂けました」なんて喜んで頂ける、本当に治療家というのは素晴らしい仕事です。真剣に治療に取り組んで下さった患者さんの頑張りこそが回復の要因となります。

 もう、けっこう歩けるようだし、前屈や後屈、寝返り動作も出来るようになり、もうすぐ腰の治療が終われるなあという感じで「そろそろ料理とか出来そうですね。」なんて聞いてみると、「うーん、ちょっとねー。」と。「そろそろご主人に買い物とかしてもらわなくても、お一人で電車で前みたいに買い物出来そうですね。」なんてこちらが言うと、「うーん、まだちょっと・・・」との事。

 その後2日、3日と腰痛は改善しているのですが、こんなやりとりが続く訳です。回復が遅いなあ・・とか、治っているのにおかしいなあ・・。
そう率直に思ってしまうのですが、そうじゃなかったのです、この場合。
またしても”まやかし”でした。

 普段、主婦というのは、専業、兼業を問わず365日24時間年中無休で働くのが当たり前で、唯一休めるのは、体調を崩した時等の特別な場合で、ちょうどこのパターンです。キビしく言うと、ちょっと甘えているようなで、特に心配は要りませんでした。病気をエンジョイしているのです。
病気という大義名分をかざして堂々と休息出来る訳ですから、精神的にもリフレッシュ出来る場合もあるでしょう。

 患者さんにとって、体調を崩す事というのが、100%マイナスになる場合というのは、あまり無いかもしれません。多忙な人は強制的に休息が与えられる。自分の身体、健康を見つめなおし、痛みを知り、健康の有難さを再認識し、他人の痛みをより理解する。無意識に優しくなれる。すごく勉強になる訳です。

長文、失礼しました。
そんな訳でこの症例は終わりです。

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